原案:剣世 炸/加賀 那月
          著:剣世 炸
          
          
          Episode1「襲撃」 第3話〜金の髪の乙女〜
          
          
          「ア、アコード!」
          
          「ああ、間違いない。コボルトだ」
          
          「左に3、右に2。普通のコボルトみたいね…」
          
          「アコード、どうする?」
          
          「…よし!まずは右だ!右の2体をどうにかしよう。左の3体はそれからだ」
          
          「「了解」」
          
           俺たちはコボルト2体がいると思われる右に進路を取り、再び走り出した。
          
           コボルトの気配がした場所の近くにある茂みにたどり着いた俺達は、膝をついて隠れると耳をすませた。2体の足音を確認した俺は、ふたりに短く合図を送ると足音が近くなるのを待った。森の妖精と言えど、身長は人間の大人よりも大きく、正面からぶつかればケガは免れないと判断したからだ。足音が大きくなるとともに、三人の間の空気が張り詰めてくる。
          
           2体のコボルトと直線的な位置関係になった次の瞬間、俺は地面を蹴り茂みから飛び出した。合図を送っていたシューとサリットも少し遅れて茂みから飛び出す。
          
           俺は左目でシューたちを確認しながら、みるみるコボルトとの距離を縮め、素早く短剣を突き立てた。
          
           自分より顔二つ分背の高いコボルトの真下を取り、足の間から月明かりに照らされるもう一匹のコボルトの様子を伺う。
          
           俺の斬撃をもろに受けたコボルトはよろめき、後ずさりをした。俺の一撃が、訓練の際にいつも使用しているショートソートによるものだったなら、コボルトはその瞬間に絶命していたことだろう。だが、自宅から持ち出した護身用の短剣では、体の大きなコボルトに致命傷を与えることなど到底できるはずがなかった。
          
          「アコード!そこから離れて!!」
          
          「俺たちがずっとやってきた訓練を忘れたか?」
          
          「!!!!」
          
           『敵を一撃で倒せなかったときは、一度体制を立て直すこと』
          
           俺がシュー・サリットと共に、実戦さながらの訓練をしていた際に決めたルールの一つだ。
          
           シューとサリットの言葉で我に返った俺は、よろけるコボルトから数歩後ろへ下がった。
          
           二人を見ると、コボルト一体に対して善戦しているように見えた。だが、二人が使用している武器も、俺と同じ護身用の短剣。戦闘の技量にいたっては、二人で俺一人分と考えても良い位だ。俺の与えた一撃でも倒れなかったコボルトだ。二人がどんなに善戦したとしても、コボルトに致命傷を与えることは難しいだろうと思えた。
          
           もたもたしていたら、戦闘の気配を察知した左の三体が合流してくるかも知れない。もしそうなったら、数的不利…。そんな思いが俺の頭を駆け巡った。
          
           その時、凛とした声と共に、俺の前を一人の影が横切った。
          
          「私も加勢します!!!」
          
           その影が着地すると同時に、目の前のコボルトが声を上げることなく倒れる。
          
          「これで互角ね!私たち」
          
           体制を立て直すために戻ってきたシューとサリットとともに、コボルトを倒した主をみる。銀の鎧を身にまとい、右手には少し大振りの剣を握り左腕に銀のガーターを身につけた少女が、そこに立っていた。斬撃を浴びせた際に解けたのだろう、月明かりに照らされてキラキラと光る金の長髪が、夜風に揺れている。握った右手の剣からは、月明かりとは対照的な、太陽に似た光をほのかに放っているようだった。
          
           まるで絵本の中から飛び出してきたような少女は、とても幻想的な雰囲気を醸し出している。
          
          「君は一体…?」
          
           つい俺の口をついたのはそんな言葉だった。少女は俺を見てこう答えた。
          
          「私?私はアルモ。アルモ=イスパーダよ。君は?」
          
          「俺はアコード。アコード=フォーレスタ。この村の村長の息子だ」
          
           互いに自己紹介をしたものの、聞き取れたのは互いのファーストネーム位で、その他の雑音は深い森の闇へと吸い込まれていった。
          
          「…ボサッとしてる暇はないんじゃない?行こう!」
          
          「そ、そうだな」
          
           左右に分かれていたコボルトは、アルモの一撃でやられた仲間に怒り狂った右の一体が左の三体と合流し、そのうちの一体がシューとサリットめがけて突撃。残りの三体は俺とアルモの方向を凝視している。どうやら、突撃の機会を伺っているようだ。
          
          「シュー、サリット。そっちに行った一匹は任せたぞ!」
          
          「「了解」」
          
           体制を立て直し息を整えた二人が、突撃してくるコボルトめがけて突進を始める。
          
          「で、私たちは二人で三匹を相手にするわけね…」
          
          「俺たちは、護身用の武器しか持っていないんだ。今は、君に頼るしかないんだよ…」
          
           俺が弱音を吐くや否や、アルモは鞘から一振りのショートソードを抜き去ると、地面に突き刺した。
          
          「私が予備で持っているものだけど、貸してあげる」
          
          「ありがとう」
          
           俺は短剣を鞘に納めると、ショートソードを地面から抜き去った。短剣にはないずっしりとした重みが、ショートソードを握り締めた両手から全身に伝わってくる。
          
           だが、シュー・サリットと共に、暇さえあれば真剣を使って修行に明け暮れていた俺にとって、この剣の重さはどうってことのない重さに感じた。
          
          「…どうやら、ショートソードを扱うのは初めてではないようね」
          
          「ああ、実戦で使うのは初めてだけどな…」
          
           普段、コボルトが襲来した際は、村の若手で結成された「自警団」は主に青年団へコボルト襲来を報告し、村人全員に村長や青年団からの指示を伝える「伝令役」を担っていた。万が一実戦に参加するにしても、敵を錯乱させたり陽動を行うなど、あくまで青年団の「援護」活動を行うだけで、敵と直接やり合うことは皆無であった。故に、自宅を出る際も訓練に使用しているショートソードではなく、軽さや投撃に使用できるといった用途から、短剣を持ち出したのだ。
          
          「そうなの…。でも、私たちだけでこの死地を乗り切らないとね!」
          
          「そうだな!」
          
           俺はショートソードを構えると、アルモの呼吸を感じながら、相手の出方を伺った。
          
           そして、一体のコボルトがほんのわずかに重心を下げたと同時に、俺は地を蹴り出していた。わずかに遅れてアルモも駆け出し、魔獣と化した森の妖精たちもこちらに向かって走り出す。魔獣たちは、リーダー格の一体を先頭に、その後ろから二体が追従する陣形を取っていた。一方俺たちは、ほぼ横並びでコボルトたちを迎え撃つ形を取っている。両陣営の距離がぐんぐん縮まっていく。
          
           先頭のコボルトと、わずかに前を走っていた俺が接触しそうになった瞬間、俺は姿勢を落とし、下段から中央のコボルトに切っ先を突き刺し、素早くショートソードを引き抜いた。リーダーが失速したことで、後方を走っていた二体のコボルトは戸惑い、一時的に速度を鈍らせたものの、即座に体制立て直し、そのうちの一体が俺の横に回り込んだ。
          
           それを計算していたかのようにアルモがその一体に切りつけ、ほぼ同時にひいた二人は、姿勢を立て直し息を整えながら互いの背中を預ける形で横に並んだ。
          
          「…なかなかやるわね。君、本当に初戦?」
          
          「ああ、訓練はみっちりやっていたし、青年団の援護は嫌という程経験済だけどな…」
          
          「君、私よりも素質あるかもね」